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*50代生活のあれこれ*

ヘアカット

アメリカに引っ越す前、良い美容院が見つかるといいなと思っていたけど、案の定見つからなかった。都会とは呼べないエリアで、美容院自体があまり無かった。1軒入ってみたが、これなら自分でやったほうがマシと思うだけだった。ある日とても綺麗な髪型の中国人に会って、どこの美容院に通っているのか尋ねたら、家族がニューヨーク市在住だから数ヶ月に一度そこの美容院に通えるんだと教えてくれた。結局、私の住む街では行きたいと思う美容院は見つからなかった。

それ以前から前髪はたまに自分で切っていて、使うのはいつも資生堂の眉切バサミだった。少しずつ梳くように切る。同じ要領で全体をカットするようになった。日本に帰国した時は、実家の近くや空港内の美容院に行った。自分で切りました?と訊かれるときの気分がイヤで、先に事情を説明する。お世辞だとは思うけど、なかなか上手に切れてますね、と言ってくれた。

もう何十年も前、大学を卒業して就職したとき、たまたま手にした雑誌で知った東京・乃木坂のGOROという店に通い始めた。初めて訪れたときのカウンセリングが物凄く丁寧で、担当のMさんは念入りに私の頭をチェックしてくれた。髪質、生えグセ、頭の形。指で触って時間をかけて確かめた。その後で、私がどうしたいか訊いた。その美容院には、私が東京を離れるまでの4年間通い続けたけれど、後にも先にもここに勝る美容院は無かった。

Mさんが私の席から離れるとき以外は、鏡の前に置かれた雑誌は読まなかった。ずっと彼の手元を見ていた。素晴らしい。滑らかな手捌きが心地良い。太くて硬くて多いこの髪に、いつもベストを尽くして下さる。帰宅すると母がいつも髪型を褒めてくれた。

アメリカでは9年間、鏡越しに見たMさんの手捌きを思い出しながら、自分の髪を切り続けた。あの頃に比べ、少しだけ痩せた髪。そして白が混じった髪。でもMさんの美容師としての心意気が、まだ私の中では息づいている。

雑誌のモデルさんの写真を持って、こんなふうにして下さい、とお願いしたとき、Mさんはやんわりと難しいと言い、その理由を説明して、なるべく近い型にしてくれた。理由というのは、私の髪の生え方や質に関することである。アメリカで自分で髪を切り始めたとき、その説明の意味がやっと理解できた。自分の頭のことなのに、Mさんにお任せしていたらいつも可愛くなれるから、あまり気にも留めていなかった。こんなに難点のある髪を、毎回あんなに綺麗にカットしてくれたんだなと心から改めて感謝した。

日本に一時帰国したとき、都内に出る用事ができたので、乃木坂まで出向いた。Mさんのお店は定休日だったので、入ることはできなかったのだけど。あの界隈も随分変わった。なんとなく、定休日で良かったと思った。

昨年末に、日本で暮らすために帰国した。東京ではないけれど、また自分に合った美容院を探して、切って貰ったあとの清々しさを味わおうと思っていた。でも、世の中の状況がみるみる変わった。

引き続き、自分で髪を切る。
眉切バサミでチョキチョキ。
思い立ったらチョキチョキ。
たぶん、これからも自分で切る。
自分を観察しながら切る。
失敗してドヨンとしても、記憶の中のMさんの手捌きが、また私に眉切バサミを握らせる。