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*50代生活のあれこれ*

好きなエッセイ

もう15年くらい前だったかな。雑誌「クロワッサン」だったと思います。

ちょっとくたびれていた私の心に、作家の吉本ばななさんのエッセイが響きました。

切り抜いて取っておき、渡米前に少し通っていた朗読教室で音読してみたこともありますが、

声に出して読んでいて、とても心地よかったのを憶えています。

また読み返してみました。

やっぱり心に沁みたので、一部、ご紹介させてください。

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「単純に、バカみたいに」(吉本ばなな)より抜粋

今日見たもののことを考えたり、しゃべったりしながら、普通に友達とか家族とかと過ごそう。

仕事はそこそこできて、失敗もして、たまには達成もして、それを自分の小さな誇りにしよう。

見たくないものやしたくないことのために使う時間を減らそう。

ただ漫然と生きているだけの時間を減らそう。

でもしゃかりきに何ものかになろうとしたり、自分から発信したりなんかしなくていい、

そんな疲れることはやめよう。

ペースを落として、ひとつひとつの行動を寝る前に振り返ろう。

一日健康でいられたことに、平和に、家族が生きていたことに普通に感謝しよう。

「そんなこと言ったって、そんな単純なわけにはいかない、だって....」の言葉のあとには

いろいろな言い訳がくっついてくる。

ひとりひとりがそれと戦おう。静かに、心を澄ませて。

自分の時間は自分のもので (たとえ人に雇われていても、その立場を選んだのは自分だ。

そして全部を明け渡せなんてどんなえらい上司でも要求できない)、

自分の体は自分のものだ。

体を整えてよく見れば、一日の中には必ず宝が一個くらい眠っている。

それを大事に輝かせて、いい眠りの中に入っていこう。

形ではない。どんな人とも違う、自分だけのやり方がある。

それを思い出そう。

そんなことから、世界はもう一度新しい一歩を踏み出すのだと思う。

こういう考えを「子供じみている」という古い考えと戦うために、

私はちっぽけな小説をこつこつと、まずは自分の満足と楽しみのために書いていく。

もしもそれを人が喜んで読んでくれたら、ほんのしばらくその中で憩ってくれたら、

私の人生はもう充分すばらしい。

デブでもものぐさでもブスでもバカでもセンスが悪くてもなんでもかんでも、

もうそれで充分なのだ。

それと同じものを、全ての人が持っているはずだ。

「あなたがいてくれてよかった」と他の人に思われるようなところを。


個人の力はすごく大きい。

たったひとりの店員さんが辞めてしまったら。

あるお店がすっかり魅力を失くした瞬間を誰もが知っているはずだ。

あるラーメン屋さんが店じまいしたら町じゅうの人がしょんぼりすることだってある。

一度閉店した青山ブックセンターが復活したら、みんなにこにこして本を買っていたじゃないか。

それはこれまでに店員さんがつむいできた大事なものが実ったからだ。

一見評価されにくくても、個人の輝くところ、必ずそこには何かがある。

全ては自分の中から始まり、幼いときから生涯を通じて続いてきたのだ。

そのヒントは自分の中にしかない。

自分はいちばんよく自分を知っている自分の友達だ。

今はその感じがばらばらで、みなとまどっているだけなのだ。

本能の声を聞いて、耳を澄ませていけば、必ず自分と自分がぴったりくるポイントがあると思う。

そしてそれが一致したとき、個人はとても大きな力で、日常を、周囲を照らすだろう。